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若いプロゴルファーB君が大阪江坂にある私のメガネクリニック「視覚情報センター」を訪ねてきたのは、春のことでした。
不安げな表情で彼は私に訴えました。「自分の眼の見え方が狂っているとしか思えないんです。なのに……」理解できるでしょう。
ところが、普通のメガネ屋さんでは、それをしない場合がほとんどです。もちろんそれも大切な要素ですが、スポーツの生命線とも言える「見る機能」に対してなにもしない。
B君はまだ一般に知られる有名ゴルファーではありません。けれどすでに大手の用具メーカーとも専属契約を結んでいる、将来有望な逸材です。
ところが期待されてプロ入りしたにもかかわらず、プロではずっと伸び悩んでいたのです。「病院に行っていろいろ調べてもらいました。

眼がわるくなった、不調はそのせいだと感じたからです。でもどの眼科に行っても、とくにわるいところはないと言われて」最後に訪ねた日本でも有数と言われる大学病院での診断結果は、B君にとっては笑えないものでした。
大学病院の眼科の先生は、あれこれ検査した結果を眺めながらこう言ったそうです。「これまで何人もの一流選手の眼を調べてきたけど、キミの眼はなかでも最高だよ。
これほど素晴らしい眼を見たのは初めてだ」太鼓判を押されて、ますますB君は8方ふさがり。悩みの底に沈むことになりました。
それでいよいよ私のオフイスに来たわけですが、調べてみるとB君の不調の原因はすぐ明らかになりました。確かに視力はいい、動体視力も抜群です。
けれどB君の眼には、決定的な問題が潜んでいました。それはゴルフをプレーするうえで、いえ日常生活においても不都合を引き起こす、視覚情報と身体機能の間に介在するズレでした。
パットを例に、わかりやすく説明しましょう。B君はパットのラインを読んで、パットする方向を決めます。
当然、見定めた方向に打つつもりでパットするのですが、狙った方向と実際にボールが転がっていく方向に微妙なズレがあるのです。そんな選手を見たら、ほとんどのコーチは、身体の向きが曲がっている、打つときにパターの面がねじれているなど、技術的な問題を指摘するでしょう。
それで修正できれば問題はありません。ところが、B君は何をやっても直りませんでした。

B君の場合、方向のズレは身体の外で起こっていたのでなく、身体の内側で起きていたからです。原因は、B君自身が漠然と感じていたとおり眼にありました。
見えている像と実際に存在する現実の間に微妙なズレがある。意外に気づかれていない落とし穴です。
この問題は一般の視力検査を受けただけでは指摘されません。これを体験してもらうために、私のオフイスではプリズム付きのメガネを使います。
そのメガネをかけると、目の前にあるものが実際よりはるかに右、あるいは左に見えます。その状態で2メートルほど前に置いた箱に軽くボールを投げ入れてもらうと、「あれ?」と首をかしげるほど、とんでもない方向にボールが飛んでしまいます。
見ている自分の感覚では箱に向かってきちんと投げているのに、実際にはまったく方向ちがいのところに飛ぶ。メガネを外して、そのズレを確認できます。
B君の場合も、これと同じことが起きていたのです。日本では、眼の能力を測る指標として「視力」が一般的です。
「眼がいい」というのは「視力がいい」のと同義で、それ以外の要素に注目する習慣がありません。スポーツの世界では「動体視力」という概念が漠然とありますが、動体視力も眼の要素のごく一部でしかない現実を、B君の例は教えてくれます。
視覚情報センターには、スポーツ選手だけでなく、メガネを買い求める主婦や会社員、子どもたち、学生など、あらゆる年齢職業の人々が訪れます。単に視力の矯正だけでなく、その人が「ほんとうに心地よく見える」と感じられるメガネを作るための検査をしなければなりません。
検査を通して、日々面白い発見があります。一般的な視力表を読んでもらうと、「ほんとうにこれで視力を正確に測れているのだろうか?」と検査しているこちらのほうが不安になる人がいます。
片目を隠してテストされるのは居心地のよい状態ではありません。とくに緊張しやすいタイプの人が検査を受けるとなると、眼の動きまで硬くなってしまいがちです。

そんなとき、直径1メートルたらずのミニトランポリンを使うことがあります。小さなトランポリンの上で、足がトランポリンから離れるか離れない程度、ほんの少し身体が上下するくらい運動しながら視力表を読んでもらうと、「あ、見える!」とか「明るくなった!」と歓声が上がることがあります。
もちろんメガネをつけていない裸眼の状態です。跳ぶ前に、「きっとよく見えますよ」と情報を与えたりはしません。
多くの人が同じくそれる部分がある。いわゆる「眼が飛ぶ」状態になりやすい。
このような歓声を上げるのです。この根拠はまだ科学的にはわかりませんが、トランポリンを跳ぶことで眼を取り巻く環境になんらかの変化が起こり、よく見えるようになったか、よく見える気がするのだと思います。
あくまで推測ですが、人間は「動の中の静の状態」で、通常とはちがう感覚を得るようです。トランポリンで跳びながら、上がりきった頂点で人は一瞬静止します。
そのときの浮遊感は、地に足を着けているときとはちがう感覚をもたらします。眼は、肉体の状況や心理状態と密接に関わって常に変化しています。
「近視の金縛り」にあっている日本人。日本人は、「近視に対するコンプレックス」が非常に強く、近視が最悪の状況のように考えがちです。
だから、自分の子どもがまだ小学生くらいで近視になったりすると、ひどく子どもを叱ったり、その現実を嘆く場合がほとんどです。叱らないまでも、近視を歓迎する親はおそらくあまりいないでしょう。

けれど、近視はそれほど深刻な症状なのでしょうか。少し考え方を変えれば「ただ視力がわるくなっただけのこと」なのです。
そんな言い方をすると、「視力がわるくなったのは問題じゃないか!」と反論されそうです。しかし、視力がわるくなったらメガネやコンタクトレンズで矯正すれば対処できるのです。
それ以上に問題なのは、子どもたちが視力の低下をすぐ親に打ち明けられず小さな心を痛めている、視力が低下したことで自分に対する負い目を感じて悩んでいる事実です。それは子どもに限ったことではありません。
近視であることにコンプレックスを感じる大人たちもかなりの数でいます。あえて「近視くらい良いじゃないか」と言ったのは、近視がもとでもたらされる2次的、3次的な影響のほうが実は深刻で、容易に直せない心のゆがみや傷を受ける例が多いと経験上感じるからです。
なぜ日本人が「近視の金縛りにあっている」と言いたくなるほど視力に対するコンプレックスを抱くようになったのか、原因はよくわかりません。戦時中、眼がわるいと甲種合格ができなかった、その影響でしようか?いえもっと古く、から、日本では「目性がわるい」という表現があり、そういう人を世間から隠す風習さえありました。
メガネをかけた映画スターもほとんどいませんでしたし、就職するときメガネがハンディキャップになっていた時代はごく最近までありました。そうした社会状況の中で、近視を嫌う、恐れる風潮が強く根づいてきたのもわからないではありません。
しかし、近視はけっして「眼が悪くなった」のではありません。視力が低下しただけで「眼の質が下がった」わけではないことをあらためて強調しておきます。
潜在意識の中に「近視が進むと失明するのではないか」という恐れがあるのも一因かもしれません。しかし、近視が進んで視力を失う例はごくごく少数です。
たとえ0.01という視力でも、眼の機能が正常ならメガネやコンタクトレンズで支障なく矯正できます。

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